そのひぐらし

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清水書院 人と思想① 「老子」 高橋進 著

無為とは「道は常に為すなくして為さざるなしー無為而無不為」とあるように、文字通り何もしないということではない。無為であることによって、かえって全体を為し尽くすのである。

礼は事の起こる未然にこれを禁止し、法は事が起こった已然の後に施すもの。法の用いられる対策は見やすいが、礼の禁止する根本としているとことはなかなかわかりにくいものだ。 司馬遷

世上の人々が美しいものを美しいと認めるとき、そこには醜さが生じてくる
世上の人々が善なるものを善だと認めるとき、そこには悪が生じてくる
ものごとの価値は相対的である。

孔子は礼を学ぼうと周に行き、老子に教えを請うた。老子が言うには、
「おまえさん求めている礼などというものは、もうとうの昔に、それを制定した聖人もその骨も朽ち果ててしまった。残っているのはただ言葉だけだ。それに、君子というものは、時を得れば車馬に乗って道を行ない、時を得なければ吹き抜ける風のまにまに流転して去る。わたしは聞いている。りっぱな証人ほど品物を奥の蔵にしまい込んで、かえって店先はがらんとしているし、また、徳を十分身におさめた君子ほどみたところ何のへんてつもなく、かえって愚者のようだ、と。おまえさんのたかぶったおとこ気、欲張り、もったいぶったポーズ、度を過ぎた志、そんなものは早く捨て去ってしまいなさい。何の戸国もならない。わたしがおまえさんに話したいのはこれだけだ。」と。

老子は無為にして自ずから化し、清浄にしておのずから正しいところに、道の実現を期待しようとした人物であった。

「わたしは聞いている。富貴なるものは人を送るに財を持ってするが、仁人は言葉を持って人を送るものだ、と。」

「聡明でよく物事を深察する人でも、死に近づくと人のことをあれこれと批判、批評するもの。弁舌さわやかで、しかもゆったりした心の持ち主も、自分の身が危うくなると、とかく人の悪を暴き立てるようになるものだ。したがって、人の子たるもの、人の臣たるものは、おのれの憶見や執心を持って人に対してはならない。」

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  1. 2008/09/18(木) 20:24:53|
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