そのひぐらし

そのひぐらし。日記のようなことを書きます。気に入ったらぜひラブコールをどうぞ。

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アイアイ

気分盛り下がる昨日の報告.消したいけれど消さないよ.なぜならバーチャルはいかんせん俺をごまかしてしまうから.できるだけ実人生的法則に則っていきたいじゃん.気分だけでも.実社会が怖くてこんなところにいる自分を棚に上げてでも.この猿のブログのような非生産的かつ自己満足ブログは意味が薄いよ.やっぱり人の目を見て話すのは大切だね.がっちゃん誰だ?ありがとよ.とっても一方的に言葉を投げてるブログっていうのはああいうレスがないとまったくの自己完結だよね.普通のコミュニケーションとのギャップがひどくて人が嫌いになりそう.ていうか苦手にね.最近俺が俺である瞬間を感じないんだけど,それは猿が若年性アルツハイマーの感があるから覚えられないだけかなぁ.いや,違うと思う.きっと猿は「吉村悠」としてあるべきアイデンティティを猿に投影して仮想の世界で「吉村悠」の役割を演じさせているのではないかな.それは恐らく現実世界が窮屈に感じられた時の代償作用であり,こうなったらいかんせん「エースコンバット3」の世界だな.人間の身体能力は社会の機械化による利便性に取って代わられるようになり人々はコンピューターの中に自分を移植することに成功するんだよ.そこに心は存在するの?と,高校生時分の猿は思いながら敵の戦闘機をズバビュビューンって打ち落としてクリアしてずっとほったらかしのゲームなんだけど.いやしかし心というのはコンピュータの中でも存在させられると考えるべきなんかもしれないね.つまりはプログラムとしてね.今自分がつかんでいる自己同一性と言われるものを仮想空間にあるキャラクタとして生み出すことがそうではないですか.完全な人間の移植,プログラム化というのは不可能というよりもその必要性を持たないのではないだろうか.それよりももう少し単純で理解可能な数学的法則に則った仮想社会をコンピューター内に作ろうという作業で事足りるんじゃないだろうか.まぁ俺の場合,今の段階でそこから今の現実の自分に対するフィードバックをし,現実の自己が仮想現実内の自己に遅れをとって見放され崩壊していく,という想像が頭の中に浮かんでくるわけです.パソコンが身近になりネットの世界と行き来することがそれにどう関係するか?それは今まで頭の中でだけ描いていた仮想現実は,それに用いられる情報処理能力が小さかったために現実の自己にあまり影響も与えないまま(例えば仮面ライダーにあこがれて敵を頭の中でやっつけて完結という程度)で済んでいたわけです.しかし,これが明らかな自己の持つ領域にない他者が存在する仮想現実というネット世界では,かなりのリアリティを持って自己へ働きかけてくるということですよね.ううん.
あ,バイトが始まる.行こう.
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  1. 2005/05/08(日) 13:43:29|
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