そのひぐらし

そのひぐらし。日記のようなことを書きます。気に入ったらぜひラブコールをどうぞ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

過去の産物12

12月21日
●意見、感想(英語リーディング4レポートより)

これは、ブッシュがTIME誌の「今年の人」に選ばれた、というCNNの記事だ。日本語訳は最後の一文がうまく訳せなかったが、だいたい内容は取れていると思う。今回はこれに関連する記事を別にいくつか見て、イラク戦争に関する米マスメディアの論調に関しても少し読んでみた。日本とは違って、非安全=撤退とすぐに連想させるような記事はなかったように思う。この記事に見られるのも、「ブッシュの政策は、強引ではあるが、それはそれで魅力的である。そして彼の持つ影響力は大きい。」というようなことではないだろうか。アメリカでは選挙で重要なのは「政党の活動よりメディアの活動だ」などという話を聞いたことがあるが、米メディアの多くが、一方的な記事ばかりを書いていたのであれば、国民、特に政治的関心の低い人たちは、政治に対してコミットしないままに国の政策は国民に強制力を持って浸透してしまう気がする。この不可視的な装置が、国の内側にいるということの恐怖であると私は感じる。個別的主体性が集団的主体性にその権利を奪い取られていっている状況は今、多くの社会的集団において現れてきているであろうから、「民主主義的」に見える現代の日本人としても、それはある点で形骸的なものであることを常に意識する必要があると思われる。「フリーター」が増えるのも、「NEET」なんていうのが出てくるのも、実はこの不可視的な社会の装置に、漠然とした不快感を感じ始めている若者の反応なのだろうな、と私は思ってしまう。
イラクに話を転じると、アメリカの代表者なんかが、テレビで「人道的支援をうんたらかんたら」と言っているのに時々出くわすが、少なくとも日本のメディアが伝える「イラクの現状」は悲惨だ。結局大量破壊兵器もなくて大義名分も失い、詫びのひとつも入れずにイスラム文化圏を、非常に暴力的なやり方で攻撃しつづけるアメリカと、関係ないイラク市民の巻き添え死。「人道的」という言葉に性悪説をかぶせて納得しているのかしら、と思ってしまう。日本政府がなぜあんなに派遣延長に不用意な一面を持っているのか、ということに関しても私はしばしば不信感を抱く。TIME誌が後から「その年の人」を振り返って、アドルフ・ヒトラーなんかとブッシュ大統領を並べる日が来るのかもしれない。
話はどんどんこじれてもはや英文の内容とは関わりない話題になるけれど、私はこの種の不満が国民から出る際に取られる形(手段)も大きく変わったと思う。「大きく変わった」と言っても、「何」と比べて変わったのだ、という話だけど、私が比較対象として考えるのは、1960年代以降の学生運動などに代表される「新しい社会運動」と呼ばれるものだ。これはマイノリティ集団の自己決定権、アイデンティティー獲得などの力強さに支えられて、民主主義の徹底という目標が一つの対抗文化的集団を形成するのに一役買っていた頃のことだと思う。今はその時に比べて対抗文化的なものがないように感じる。民主主義は資本主義の拡大に伴って「自明のモノ」とされてきているだろうし、資本主義的な階層的分断によって下に位置づけられた人たちは、「資本主義によって裏付けられてきた民主主義」のもとで「民主主義」という寄る辺を無くして対抗文化を失って、「フリーター」や「NEET」のように、もう病気のように扱われることで、救済される者と言う「弱者」を余儀なくされている。私は、大学生は運動すべきだと思う。就活よりも運動は大事だと思う。それはただスポーツで終わる学生運動ではなく、ちゃんとした目的を持って、自分たちの帰属する共同体を集団的主体性の視点を持ってして変えて行く手段となればいいな、と思う。
スポンサーサイト
  1. 2005/06/09(木) 04:20:18|
  2. 過去の産物
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<過去の産物13 | ホーム | 過去の産物11>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://utyujin.blog9.fc2.com/tb.php/48-364984a5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。