そのひぐらし

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キャンプ

今年も小学生12人とキャンプに行ってきました.
場所は津久井湖から30分くらいの山奥で,近くには川があってサカナが捕れたり泳げたりする所です.「今年も」というのは,実はこのキャンプには大学2年生の頃から参加しているのでもう3回目なのです.それなので前々回から参加していた子どもも相変わらず来ていて,毎年成長していくのが見られるという喜びも感じられるようになってきました.
このキャンプに来る子ども達は総じて暴れん坊が多い気がします.俺が彼らと同じような頃はもっと聞き分けも良かったなぁ,と思ったりします.それは助成者として参加する俺たちの接し方がうまくないのか,彼らの生命エネルギーが尋常じゃないのか...まぁ,結局みんな怪我をしながらもとっても楽しんでいて,助成者はそれに対処すべく奔走しているという状態で4日間は過ぎていくわけですが....
そうして4日間が過ぎ,帰りのバスでは少し奇妙な空気が流れます.バスは山奥からどんどん人里に向かって進むわけですが,それに連れて,あんなにワガママ放題だった子ども達がそれぞれバスの外にうつろな目をむけて,だんだんと静かになっていくのです.そんな彼らは,俺の目には,現実に戻るための儀式を必死に通過しているように映ります.ただ疲れているのを拡大解釈しているのかもしれませんが,俺にはそう見えるのです.あんな元気だった子ども達が,敬語を使い出したり,悪口雑言に助成者を罵る(笑)のを止めて,「普段」について思い耽っているように...そして,それぞれのお母さんが迎えに来ると,彼らは助成者とはあまり名残を惜しむこともなく「バイバイ」と駅を去っていきました.
彼らは言うなればまだとっても「ふにゃふにゃ」な生き物です.というのは,別に身体が柔らかいということではなく,人として内面にまだ堅い殻を獲得することもなく,とっても柔軟に物事に向かう生き物だ,という意味です.彼らはまだ環境を選ぶことをあまり許されないけれど,そのぶん環境に適応する能力が大人より高い気がします.そして彼らが環境に適応しようとするとき,自分の「ニッチ」というのは意識上には上がらないと思います.彼らにはまだそこまでの社会的な個性,言い換えれば「人間的な狭さ」がないのです.彼らは「熟練」ではないけれど,まだ平べったく薄く伸びた可能性に満ちた生き物なのでしょう.そういう意味で,このキャンプは,「あ,自分はこういうところが人に評価されるんだなぁ」という可能性を,非日常的な空間で子どもが感じる場所なんだと思います.そして俺たち助成者は彼らをそういう目で見て,なるべく評価できるところは評価する,という役割を持っているのだと気づかされました.
俺はまた来年もこのキャンプに関わりを持つかもしれません.そのときにはきっとまた子どもはすごいエネルギーで俺たちに向かってくることでしょう.それはもちろん自分たちをひどく疲れさせるはずですが,そのとき俺は自分が生きていく中で消去した可能性について考えながら,彼らに笑顔で接していきたいな,と思いました.
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  1. 2005/08/06(土) 08:48:07|
  2. 明日のために
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